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明治四十年(1907年)五月十三日 月曜

風雨と晴。

起居身體 午前六時起床、午後十時廿分就褥。

見聞行事交際 昨夜、鼠の爲に冬服上着の右ポケット外を喰ひ破られ、臨時に開襟服を着し、校用にて長岡へ行く校丁に託して修繕方を命ず。校丁長岡より學校用大算盤、窓掛等を持參す。脇川新田向島神明社獻納の旗二向の揮毫を委囑せられ、午後五時頃書き終る。之が使として金子彦藏老、和田富五郎の兩人來り、墨の用意、地質摩擦等をなす。揮毫に先立ち彼等は御神酒と稱し、酒一升、菓子一鉢を調ふ。一傾一喫の後、揮毫し終って、また予と中西君とは菓子を喫す。

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