明治四十年(1907年)四月十一日 木曜
雨ふり風ふく。
起居身體 午前七時起床、午後九時半就褥。
見聞行事交際 次の書到着す。
兄上より、重義弟は同情に堪へざる事ながら、退學せしむる方、むしろ策の得たるものならん。尚其前途の方針については、宗吾、甚五郎兩君とも協議の上、意見を申送るべしと。九日附。
千代子妹より。去ぬる七日來訪の禮、女子師範にては今後、書翰の往復及び來訪者の姓名を帳簿に記載する事となり、尚今後は書翰の往復を成るべく減ぜよと申渡さると。御談しの人の斡旋を諾して、女子師範嘱託教師となり給ふとの事は、或は成功するやもしれず、然れども、こは望ましからず、何となれば當師範生徒は一體に教師に對して不從順なれば、必ず其心慊らざるべければなりと、此書さく子君への分と同封にて、九日附。
夜業に教授案を編製す。
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