明治三十九年(1906年)八月五日 日曜
小雨あり、夕刻はれあがりし模様。
起居身體 午前八時過起床、歸校午後。十一時就褥。身體常。
見聞行事交際 午前十一時五十分出發歸校し、倫理書を讀む。
所感 月清く空はれたり。千代子君をおもほゆ。君は如何に暮し給ふらん。おなじく此月をみてこなたを思ひくれ給ふらんか。
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小雨あり、夕刻はれあがりし模様。
起居身體 午前八時過起床、歸校午後。十一時就褥。身體常。
見聞行事交際 午前十一時五十分出發歸校し、倫理書を讀む。
所感 月清く空はれたり。千代子君をおもほゆ。君は如何に暮し給ふらん。おなじく此月をみてこなたを思ひくれ給ふらんか。
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小雨あり、夕方はれたり。午後八時十分より月蝕はじまり、皆蝕して十一時四十五分をはる。時に雲は月をかくしたれど月蝕のさま大方みられたり。
起居身體 午前六時起床、午後歸宅して翌二時就褥す。身體よし。
見聞行事交際 午後七時過歸宅す。
夕食に粽の饗あり。母上は胃かたるにて苦しみたまひしも、翌三時頃に至りて痛みやみたりと。其頃迄眠らで看病し、かつ予が千代子君の父君に結婚の件につき談じたりし顚末を報告し、姉上が母上に對して孝養の道なきにつき、之に對する善後策を講ず。母上の語られし所によれば、姉上はさきに予が迎妻の意を表したる書を送りし時、之を受けて其辭に曰く、「丈二さんはまた爲二さんの様になると惡いんだが、こんな手紙を寄越しなされた」と是何たる言葉ぞ、爲二さんの様とは何を意味するか、蓋し結婚契約につき、其前に内契約ありしなどとの、世俗の風評あるを恐れてとの意ならん。こは即ち姉上は予と千代子君とが昨年四月の頃に於ける關係につき、既にこの内契約の事ありしを疑ひてならまし。何ぞ疑心の深き事よ。又人を輕蔑したるの放言を敢てせらるゝ事よ。あくまで頑蒙の女におはするかな。
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はれたりふったり。
起居身體 午前六時起床、午後十時過就褥。晝寢したゝか。身體常。眼疾の治療を受く。
見聞行事交際 扇子に畫を揮毫し、倫理講演集を讀む。千代子君を思ふ切なり。
爲二弟より來書あり。本年夏期休暇は高價なるサンデン電氣帯を購入したるにより、一切活動〔温泉旅行、または海水浴場行など〕は中止す。姉上はその本分を全うせず、母上に對する孝養更になく、むしろ時によりては之を虐待せらるゝものなれば、母上の不幸甚しく身體上にも影響し、ひいて生命を短縮するものとおもはる。依て連名にて之が罪をならす檄を兄上に呈せんと。あゝ何たる事ぞ、姉上の行爲の劣等なる、爲二弟をしてかくも絶叫せしむるに至りたる事よ。姉上が母上に對しての不心得は實に々々心痛に堪へず、之を諫めたる事すでに數次、今や大方改心せられしなるべしと思ひしに、今尚しからざるか。之を兄上に訴へんか、兄上の心情を激せしめ、其修學の志氣を害する尠なからざらん。訴へずして之を匡す良薬なきか。あゝ母上を慰安すべき予等、其罪大なり。
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晴雨まじり。
起居身體 午前八時起床、歸校し午後十一時五十分就褥。身體よし。
行事交際 朝寝したりし爲に斎藤父君の講習會に出席發途せられしをおくらず。九時朝餉を終へ千代子君と語る。千代子君は父君が今回の件をたやすく諾しくれ給はざるを遺憾とする色あり。曰く、今許したまはねば却而苦痛なり。修學上にも常々煩悶を持しをる事なりて害ありと。また師範卒業後、直に結婚するは些か過去の關係上、世間を憚る所なれば一二年を經ての後にせまじと。予曰く、何ぞかゝる事を憂へん。世間を憚るに及ばず、我良心之を容さば斷行して更に支障なしと。君また曰く、あまり早々に結婚し子多くあらば、經濟上頗る困難せんと。予曰く、決してかゝる憂のなからんを今より期せん。即ち今より之が用意に、予に於て怠らず、むしろ其嗣子の早く望むによりて、結婚は出來得る丈け急がざるべからずと。君はさは言ひながらも、本意はもとより結婚は卒業後直になすをいとはねど、ただ些か之等の憂なきにあらざるものから、之を洩らしたるにてあるべし。また予と本年三月相契りし當時の事どもにつきて、互に當時、各自がおこしゝ感想を語りあひていとうれしかりき。
千代子君は予が是迄おくりをりし書状の保存の處置につきて苦しむものゝ如し。之をたゞ篋中などに藏しおかんか、或は他人の眼に發見せらるゝ恐なしとせず。之を燒かんか、其書のなつかしくをしくて忍び得る所にあらずと。予より受けし封書既に八通に達せりとて、之を持來りてしめし讀上げなどしていと嬉しげなり。君が之等の感は予もまた同じき所なり。君が師範に於て畫きし色鉛筆畫の成績を見る。中々に想像にまさりて見事なりけり。
午後二時に近き頃父君歸りたまふ。こゝに二人の談は終りを告げぬ。それより約二時間晝寝の後、尚父君よりさきの挨拶を繰返されたるに對し、本月廿日後に御答を得べく參らんを約して、午後五時半過辭し歸る。千代子君も出でて別辭をのべしも、低聲にて別れををしむの情いと切にみえたり。予同じく是なり。小雨そぼふる。袂をうしろに引かるゝ心地にて、青田の路をたどりてをりゝゝ千代子君の村の姿をながめつゝ進みがたかりし足も、時移るにつれて其歩をうつし、午後七時十分前に歸校したり。予がたち出でて後は千代子君は如何に予が方を想ひおくりくれたまひしらん。
日暮れて後は一入千代子君の事ぞ切におもはれ、いねては其思、いやが上にまさりきて、昨夜の事どもいとゝゝいたうしのばれき。千代子君もさぞさあらん。
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降ったりはれたり。
起居身體 午前五時起床、翌一時頃千代子君と共にいね、二時頃わかれて眠りに就く。身體よし。
行事交際 本日より卅一日迄暑中休業。
斎藤父君は本日午前七時より開かるゝ与板郡教育會夏季講習會に出席せられ、午後一時過歸宅せられたり。
朝餐後、千代子君と語らひゐしに、高橋君來訪し、予に來遊あれとて招かる。よって三人相語りて後、午前九時三十分過高橋君がりに行く。やがて正午になりたれば、餡餅の晝餐を饗せられ、或は菓子、桃、りんごなどをそなへて大に歓迎せらる。強ひて止めらるゝを辭して午後四時半千代子君がりに行く。父君はまた學校に行かれありしを使して呼び呉れられたれば、また昨日の懇請を繰返し、尚千代子君の友人の件に予もかゝはりて、些か力を盡したる事あり、之が爲に千代子君の師範に入學せられし後、しばゝゞ書面の往復もなしたれば、これらも又兩人間の契約を早く定むるを促すべきものならん。何となれば此書往復の事實はもとより、道義上何の支障もなき事なるも、なべて男女の交際はよからぬ關係のあるなりと見るは世俗の一般故、其世俗の疑を起さゞるに於て、既に契約を成しおかんには、たとへ之によりてかれこれを言ひ出づる事のありたる場合とて、契約成りゐしとの事を以て之に答ふるを得んと思はるゝ故、此等の點も察せられて、是非今日中に御答を得んと懇請したれど、父君は同じく前言を繰返さるゝのみ。時は移りぬ、風呂は沸きぬ、沐浴し牡丹餅の饗を受けて、今宵またこゝに宿る事になりぬ。
父君の學校より歸られざる間に、千代子君のこひによりて二三葉の畫をものす。心あせりをる故にや作品いと拙なり。
父君は夕食後間もなく學校に行きたまひぬ。予は一休の後、屋外に出て涼臺に涼み、千代子君の弟君等もゐしも、やがて室に入りて寝られたれば、予一人東方前面の青田路をたどり散歩す。千代子君は母君の手傳して、炊事の用意等を終へて予が方に出で來る。いとなつかしげなるおもゝちなり。こゝに二人は連れだちて、東南方面約二町なる田圃中の十二神社に詣で、境内に横たはれる一木に竝び腰掛けて語らふ。風やうやく出で青田をさらひ來て、そよと我等が面をかすむる心地、えもいはれず、さながら我等が將來を祝するに似たり。千代子君の語る所によれば、父君は未だ今回の件を語らはざれど、母君より必ずかねて之は約せし事にぞなるべしとの質問ありたり。其の答に千代子君は、其事はなけれど、若し我を一生獨身に過すを許し給ふものにあらずとせば、かの君に嫁ぎたし。嫁がせてたべと言いひしと。こはいとも出來よき答なり。しかも尚二人はたとへ今父君が許されざるとも、こはたゞ過去の關係上考ふべき點をもっての事なれば、行末までも此縁の成らざる事は斷じてあらじ、故に決して憂ふるに足らずなど、現在將來を語りて時の移るを忘れたり。此間兩人相愛の情したゝるばかりなりき。思はつきねどあまりに時遲れたれば神社を辭して歸宅す。時に十一時。母上を請ひおこして千代子君同座の前にて、予が今回懇請の逐條を語る。其要領は父君に對したると同じ。母君はたゞ其深切はいともかたじけなし、されどもとより女の身もて、こゝに御答は出來ざれば、何れ明日夫に篤と其旨を陳し、尚高田にも相談したる上にて御返事すべしとの御答なり。母君いねたまひし後、千代子君と蚊帳の中にて倫理に關する問題等につき、約一時間研究をなして後、衾を同じくしていとゝゝたのしくねる。かくて約一時間の後、千代子君は母君の前もあるとて、をしき愛をさきて、おのれの寝室に行かれたり。
あゝ今宵はいともうれしき宵なりしよ。
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午前雨、午後曇。
起居身體 午前六時起床、千代子君がりにて午後十一時就褥。身體よし。昨日頃迄殆ど食氣なく、氣分不快なりしが今日よりは頗るよく、夕食にうどんの饗を受け、相應にしたゝめられたり。
行事交際 十時渡辺國手がりに行き眼疾の治療を受け、零時出發千代子君がりに行く。此と同時に重義弟歸宅す。
斎藤父君は學校にあられしを、呼びまつりくれられて歸宅せらる。君は去りし日曜より一週間宿直に當られをるとの事。父君としばし世間話に時を移したる後、かの千代子君もらひ受けの件を談ず。
これに先立ち、
一、此件を交渉するに當り、予自身よりしたる事情は先便にも申したり。かつは尚此に面り申上ぐべき即ち、千代子君と予との過去の關係上、世間に早くかゝる件を知らしめては遺憾の點あり。また千代子君にしては師範入學早々なるに、はや結婚などしたりとの事の、教師朋友の耳に入りたれば、何となくはづかしくおもしろからざる感のせらるゝ事もありたまはんと思ひしまゝ、こゝに出でたるなれば、何卒之を含みて此失禮を許したまへ。
一、昨春千代子君より意外なる深切の看護を蒙りしは、いと忝く之が爲に却而御本人の名誉を毀ひし感ありし事、及び其當時は本人がえらく其宿に苦しまれしまゝ、學校に寄宿しては如何などの意を洩らしゝも、もとより内心許さるべきにあらざる事と思ひつゝも、かく淺薄なる事を放而言ひ出でしは、いと失禮なり。
との謝辭を述べて後、ひたすら今回の懇請を容れたまはれと希ふ。父君の答には修行も覺束なく、また本人にも其姉なる高田さだにも相談せざる事なれば、何れ八月十日頃には、高田も來るべきこと故、其時談をまとめて御返答すべければ、それまで待たれたしと。予尚之に對してもとより御本人、姉君にも御相談の要はあらんも、しかし姉君とて深く予のことさへ知りたまひある事にもあり、其意見の程も御身よりは察し得らるべき事ならんなれば、何卒一應御本人に談議を經たまひたる上にて、今回御承諾の答をたまはれ。予も心既に今回に於て決定をみるべし、みさすべしと定め來りし事なれば、其よき答を得ねば歸宅なりがたしと迫る。されど父君は尚前言を繰返して改めたまはず。予は尚明日夕刻迄、御答を得まじと懇請す。夕食の饗を受け、共に學校まで散歩がてらに行き、こゝにてしばし涼む。高橋君も來る。歸途八田神宮がりを訪うて此所にて月を觀、午後十時過歸宅す。父君はしばしたちて學校に行きてそこに泊りたまふ。予と千代子君とはしばし各自の學校生活、または同僚などの話をして後各就褥す。中々暑くて熟睡し得ず。
千代子君は昨三十日歸宅、本日は午後大荒戸吉田醫の治療を受けんとて行かれ、午後三時頃歸宅せらる。病は十數日前よりのにて暑氣さはりが原因にてか、鼻孔中に腫物を生じたりと。
所感 本日は一應の談合にて、たやすく父君は應諾してくれたまふと、かねて期しゐたりしに何ぞはからん。父君の不應の答、而も予が熱請をもきゝいれたまはず、こは必ず予と千代子君との過去の關係上、今之を決するは不可なりとの意見ならん。敢而、徹頭徹尾之を許さゞるの意にもあらざるべし。
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晴。暑さ甚し。
起居身體 昨夜は暑くて殆ど熟睡せず。午前五時半起床、午後九時五十分就褥。身體疲れあり。
行事交際 千代子君へ書状を發す。かつて同君父君よりたまはりし書を添へて。其要は、千代子君を妻に望むにつきて、同父君と交渉したる顛末、及び本月卅一日參堂の上、父君に直願せん要旨を、含みの爲にいひおくる。
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晴。暑さきびしく朝より教室の課業苦しく、兒童は其面に朱を注いだるが如くなりし故、三時課業の後自教せしむ。
起居身體 昨夜は暑くてよく眠らず、午前六時起床、午後十時就褥。身體常。
行事交際 千代子君より書面。其要には、
父より暑中休暇となりたらば速かに歸れとの事を申越したるが、多分あなたより父へ遣はされし件についての事ならんと存じます。若し此兩者結婚契約が、今成らずとも決して愛は薄らぎません。却而ますゝゝふかくあつく。
湯治には父がいふやう監督者なくては行くべからずと申す故行かれません。父よりあなたに挨拶したる其手紙を見たしと。
結膜炎にて眼かすむ故、渡辺國手の治療を受く。
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晴。暑さきびし。
起居身體 午前六時起床、午後九時半就褥。身體よし。
行事交際 桜井赤城君より來書あり。同君は本年五月末京都に行き六月首より竹内栖鳳先生につき、畫道を研鑽の旨通知あり。住所は京都烏丸七條三條詰所とあり。
放課後、結膜炎兒童の治療を學校にて施しゐたりしものを、渡辺國手に連れ行きて診療を請ひたるに、全治したるもの多かりしも、重症者は今後、國手の治療を請ふるものとす。
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晴。暑さはげし。
起居身體 午前五時起床、午後十一時就褥。身體よし。
行事交際 午前七時半長岡中學運動場〔舎外〕に於て兩将軍の講話あるをきく。こは當市内の縣郡立市立學校生徒に對してせられたるにて、兩将軍の講話、ともに大要其旨一なれども、東鄕大将は生徒學生たるものは身體を強健にして教師の教をよく守り、他日卒業の曉には其教を身に行ふ、是れ其本分を盡すものなり、平八郎謹而希望すと。上村中将は學生生徒たるものは、身體を強健にして教師の教をよく守り教へられたる事は必ず之を實行すべし、實行せざれば其教の用をなさず、第二は國家相續者たるもの、よく注意奮勵して世界列強と相競うて劣らざるを希望す、と。
兩将軍の講話ありて後、中學校長杉本善辰氏は各學校教員生徒を代表して、兩将軍の教訓は日夕肝に銘じおきて、よく其旨を實し、其務を怠らざるを誓ふとの挨拶をせらる。東鄕大将は上村中将をも代表して其謝辭に挨拶され、教師、生徒の健康を祝せられ、中将と共に教員生徒諸君萬歳を三唱せらる。其萬歳の聲勇ましとも勇まし。
九時、一石君と共に玉藏院の畫會を觀、爲二がりに行き晝食を喫し、ちい子との結婚式を舉げるにつき協議す。此式は極めて手軽とし、新井兩親、母上及び内田奥次郎君を招く事とし、八月末に舉行と決す。
千代子君へ同父君より返事を得たる事、及びさく子君を湯治に誘ふ爲に御身も行かるべしとの状を送る。
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晴。暑さ甚し。
起居身體 午前五時起床、午後十時就褥。前田君方に泊まる。
行事交際 昨日到着の書状にて兄上より依頼されたる書状を調へて發送す。
午後一時高橋君と共に長岡に行き、藤田君がりに一休して、東鄕、上村兩将軍を待つ。兩将軍は午後二時五十分の汽車にて、長岡着の筈なりしも、汽車おくれ三時過に着せられ、その後各所定の宿所に一休の後、市立高等小學校運動場〔舎外〕に於て舉行の歡迎式に臨まる。宿所よりの途上は學生、市民及び最寄近鄕より集ひ來れる老若男女、山をなして兩将軍の英姿を拜せんと待ちかまふ。兩将軍の乗車は多數の歡迎委員と共に徐行し來れり。
衆、粛として之を迎ふ。兩将軍は舉手の禮して小學校に入られ一休せられし後、式は舉行せられたり。先づ秋葉市長事務取扱者より歡迎式の辭を述べ、尚歡迎文を朗讀せられ終るや、東鄕大将より中将をも代表して慇懃なる挨拶あり。次に市會議員の發聲にて兩陛下の萬歳三唱、兩将軍の萬歳三唱をなす。式これにて終る。
兩将軍の偉勲は今更繰返す要なし。唯、兩英雄の風姿は寫眞を以てみしが、今親しく之に接しては崇敬の念轉た禁じえぬものあり。
東鄕大将は温乎たる君子人の如く、上村中将は英氣凛として軍人眞個の模範人物とみえたり。
夕食は爲二がりにて喫し、母上も來合はされ、宮關中島幸一君〔小學兒童、弟の嘗て教育したりしもの〕及び同君家下婢も泊りたれば、之にちい女を合せ予と六人して散歩をなす。
今夜は仁和賀の催しありと風説ありしも、警察の禁令により思ひ止まれりと。散歩中はからずも東鄕大将の長岡館に歸宿せらるゝにあふ。一同前田君がりによりて一休し、予の外一同歸らる。前田君へ除隊を祝する爲に扇子に畫を揮毫したるを贈る。母上より土産として菓子一袋。
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晴。
起居身體 午前六時十分起床。身體常。
行事交際 兄上より書翰來る。曰く、神経衰弱の疾は其後おひゝゝよし。爲二弟は病氣のよし、心痛に不堪、一日も早く本復あらん事を祈る。阿弟〔予の事〕が迎妻の件、交渉開始せられしか、速に整約を見ん事を切望すと。また添へて徴兵に關する證明書に、村長の奥書を請ふべき事、および戸籍抄本一通の下附請願の事を依頼したまふ。
爲二弟より廿一日に東鄕大将寄岡せらるべきにより、母上と予とに來遊あれとの状來る。
母上より橋本喜一郎を使として米二斗五升と葱其他野菜をあまたたまはる。渡辺わか子君へ借りおきし女學世界を返す。
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晴。水殆ど平水となる。堤防外の耕地は水害甚しとの事。
起居身體 午前五時半起床、午後十二時就褥。身體常。
行事交際 十七日附、十八日發信の千代子父君よりの返書到着、こは本月三日予が發信したるに對する答辭なり。曰く、
拝白 過般御懇書に預り辱奉謝候 直に御返酬に及ぶべきの所遅延に相成り失禮此事に候 平に御海容被下度候 さて賎女千代事申すまでもなく不行届千萬缺點而己多き者を 其缺點も不行届をも十分御承知の上 御見棄てなくての御高命 何と申しようなく只々感佩仕候 古云 采葑采菲無以下體とやら 此等の謂歟と感謝仕候 さはさりながら本人も入學後于今僅に數月 特に竝すぐれ身體繊弱の一分成業の見込も慥かならず 加之今修行中に其等の話を本人の耳に入れなば 只さへ情に感じ安きもの 或は其等の爲め研學の志の幾分にても鈍ぶらしむるやうの事有りては惜しき事 其他只今あからさまに申上兼る事情これ有り候間 此件は乍遺憾應諾いたし兼候 此段不惡御承諾下され度右申上候
右御返事までかくの如くに御座候
時下折角御身厭ふざるべく候 匆々敬白
七月十七日 斎藤
佐々木様 侍史
あゝ何ぞ予に於て不満なる答酬をたまはりしぞ。さはいへその拒否せられし理由は、たゞ一遍の挨拶としてみて可なるもの、末段のあからさまに申上兼ぬる云々の語もあれど、こは或は予と千代子君とが嘗て同一校に奉職して、而も千代子君が予が病を看護し呉れし事などなりしなれば、今此兩人結婚せば、必ず世俗の風評に上らんとの杞憂を抱かれをるにてなるべし。老熟の思想として我子をおもひたもふ父君としては理ならんも、何ぞこればかりの事を恐るべけん。予はあくまで懇請して目的を達せんなり。
夕食後之に對するまたの返書を認め發送す。其要には、
先般の無禮なる働作に對して御叱りもなく、いと御寛容なる御言葉いともかたじけなし。されど末段の語に至りては甚だ心行かず。千代子君は今修行中にあらるれども、かゝる話をしたりとて何等支障もなく、却而得策ならんと思はる。何となれば千代子君は獨身主義をとなへをられたり。こは果して許さるべき事なるか。また穏健なる思想といはるべきか。御本人自身に於ても、かくは申しながら一點の不安はあらるゝ様にみえたり。果してしからば今此件を進行して却而早く思想の固定を認めらるゝが適當ならん。また御身體の事は徒に御案じは無用と思はるゝ故、以上御含みの上尚予が事情を憫案し呉れたまひて御聽きあれ。當人よりかくも存分の申分とは、いと恐縮なれど、他人の手をわづらはさば之が爲に、千代子君の意にさかふ事もあるべしと懸念せらるゝまゝにかくする事御海容をたまへ。何れ本月末の土曜か日曜かには御伺ひして篤と御願ひ可申と。
午後八時過、長岡方面及び押切、見附方面にて煙花を打揚げたるあり。是れ東鄕海軍大将の新潟下港の汽車が着したる時なるべく、煙花は同大将歓迎の爲なるべし。
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火曜 晴。
起居身體 午前五時半起床、午後十時就褥。身體よし。
行事交際 千代子君よりなつかしき書状來る。其要は一昨日予がおくりし問合せに對する返事にて、父君よりは今に何ともお話なし。多分暑中休暇に話さるべしとの事と、湯治にはなるべく行きたく思へど未だ決定はせずといふ事と、また送りし畫の謝辭あり。
大西爲五郎君より來書あり。予につきて簿記、商業、會社、會計の諸科を學びたしと。予はかゝる知識皆無なるを何ぞ教ふるを得ん。山本かず子より一昨日送おくりし繪はがきの禮状來る。夕食後佐野君に教授。前日より河川俄然增漲し、此地方向島耕地は全部浸水したりと。予が郷里脇川耕地も此類ならんが、いとゞ遺憾の極なり。
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午前晴、午後より雨。
起居身體 午前六時十分起床、午後十時就褥。知らずゝゝゝ晝寢二時間、身體疲れゐると見ゆ。
行事交際 午後絹を張り、千代子君及び後藤店主依頼の額面畫を揮毫す。まだ完成には至らず。中村君掛け圖表装をせらるゝ事、前日の如し。甚五郎弟より葉書状參る。本月十二日より京橋區新佃島西町一丁目七番地山田方に宿り、石川造船所に職工として、休暇の大分、實地練習をなすとの報あり。健氣なるふるまひかな。
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晴。暑さ甚し。
起居身體 午前五時半起床、午後知らずして一時間寢る。午後十時半就褥。身體常。
行事交際 ピアノ、オルガン技師、東京東美會の渡部と言ふもの來り、當校オルガンを修理す。修理料金貳圓。午後繪はがきを揮毫す。
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晴。暑さ甚し。
起居身體 午前五時半起床 、身體疲勞ありたれば晝寢二時間餘、午後十一時四十分就褥。本日より四十分課業にて午前十一時終業。
行事交際 千代子君の父君よりまだ返事をたまはらねば、予が請求の件につき父君より千代子君に對し、何ぞの交渉ありか否かを尋ぬべく、千代子君に宛てつる書状を認めしも、尚一兩日待つ方、可ならんと思ひ發送は延期す。夕食後、佐野君に物理の教授をなしたる後倫理學を研究す。
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晴。ただしやゝ曇あり。
起居身體 午前六時起床、午後十時就褥。爲二弟がりに泊りて身體やゝ疲勞の氣味あり。
行事交際 三時過岡田師を訪ひ、先月開催せし三笑會展覧會の經費精算につき、差引勘定したるに、予が出品中會の名にて賣却せられたるもの二點にして其價一圓三十錢なりしかば、此半額六十五錢は會に寄附し、殘金六十五錢を受取りたり。何ぞ意外なる、二圓以上は負擔の義務ありと思いしに。師のもとを辭し爲二弟がりに泊る。弟は慢性胃腸病の爲に貧血を來し、榮養不良によりて身體衰弱し、神經衰弱にかねて肺尖に異常を生じたりとて、いとやつれたる様に見えたり。いまや盛なる英氣を以て目的に向て前進、勉學中なるにかくとはいとゝゝ口惜しくおぼゆるなり。夜千代子君を予が妻に選定し契約をいたすべく同人父君へ手状も發したる旨を語り告ぐ。
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曇。
起居身體 午前五時半起床、午後九時半就褥。身體よし。
行事交際 午前七時より一時間尋常二學級の算術科批評教授を擔任し、放課後批評會を開き、午後二時半に至る。予の教授は出來よろしからず。自身は不満足を感じたりしが、しかし他の職員は大方にみられし様にて二三の批評ありしのみ。
夕食後、松田君に教授をなす事二時間。午後母上より使をたまはり、飯米、餅、野菜をおくりたまはる。姉上より女學世界と言ふ雑誌の代二圓五十錢をあづかる。
所感 昨日予が發送したる千代子君父君への書状は、本日其許に着し、既に披見したまひしならんが、如何に考へ給ふらん。御返事は何時頃たまはるらん。我のなしたるわざながら何となく心はづかしく又うらおそろしき感あるかな。
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雨。
起居身體 午前六時起床、午後九時半就褥。身體大方よし。
行事交際 昨夜認めたりし千代子君の父君への書を、數回讀返して後之を封じ、親展書として發信す。千代子君より精しき書到着す。去る一日の睦びをいとゝゝ喜ばれし言葉あり。かつ湯治に行きてともに睦び、繪もならひ話も聞きたけれども、行くべき頃は女子特有の病のおこるべき時なれば、いさゝか支障とおぼゆ。本年三月廿二日の夜、進じたる栞、その色白きは如何なる意味かと問はれし時、四月廿一日、歌たまはりし時、廿二日の夜、日誌をみせたまひし時の心中いとも苦しみ、如何に答へんと判斷に窮したり。またさく子君の事頼みいれんと思へど、をりなくて中々に苦しかりし事など書かれたり。此書はいと精しくして君が切なる情のよくあらはされ、予にとりては此上なき福音の一なり。本日、千代子君を迎へん望の願書を同父君に呈したるに、また千代子君よりはかゝるなつかしき書來る。何たる奇縁ぞ。我望はめでたく達せられん歟、否達せらるべし。
父君の答如何にあらん。いと待ちどほなり。千代子君の書を讀返すこと四回。
さく子君よりも精しき來書ありて、予が同夫の君を諫めたりしを深く謝し、尚その家庭の模様など精しく言ひて、圓滿を缺くは夫の罪多き故、何卒をりをみては訓をたまはりて、其心を匡したまはれとの意あり。尚、君は深く其身の不幸をかこつと共に、また其身の不肖なる罪を言はれてあり。渡辺勇一君は母上の病気に對し診察もせで、たゞ蔭藥をたむけらるゝが例なりと。何ぞ親を遇する事薄き極なるや。こは人の子にあらざる行なり。
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雨。
起居身體 午前五時四十分起床、午後十一時就褥。身體よし。
行事交際 午後六時前松田多久治君來る。八時迄幾何學を教授す。菊地ひつ子よりちまきをおくりこす。重義弟より參考書の禮状、甚五郎弟より暑中休暇の行動の決定の報あり。要には七月と八月の中旬とは、石川島造船所に職工として勞働し實地練習をなす事。八月下旬歸省して母上及び同胞と會して、久闊を謝する事と。古志郡視學より川西教員協議會及び講話會は是非同日に、七月十一日朝より開かれたしとの書あり。午後四時より筆硯を清めて、千代子君と約せしと、母上の許可も得たりしとにより、千代子君のの父君へ、千代子君を予が妻にたまはりたしとの書状を認む。其要に、
一、千代子君を小生妻にたまはりたし。
一、小生よりかゝる事申すは實に無禮の極、また世の例にならはざるは狂々的なれど、世の縁談に於ける媒介者は相知の薄き兩者の結婚多きが爲に必要なるべく、また其媒介者は虚僞をかまふれば其結果よろしからざるあり。故に例はたとへさなりとも之が要なきに於て、敢而この形式に拘泥せざるも妨なかるべしと、自らも思ひ母、兄、姉も許したるなれば、かく自身よりしたるなり。お咎めなたまひそ。
一、今回御家及び御本人の御都合をもかへりみず、唐突にかく申出でたるは次の理由。
い、他人の勸告〔迎妻についての〕徒に却くべきにあらず。
ろ、親兄弟の不安を去るべき爲。
は、無妻は社會の信用厚からざるかに考へらるゝ爲。
に、無妻は人格圓熟に支障ある様に思はるゝ爲。
一、さりとて未だ修養と經濟との上の迎妻一家經營の資格なき予なれば、今直の意にあらず。今はたゞ之を選定しおきて、内容上に於てのみ、前陳數項の缺を補ふ爲なり。故に一家經營は數年の後とせん故、何卒御含みの上聽許をたまはれ。
一、かゝる一生の大事の唐突に自身よりするすらなるに、而もまた一片の亂筆もて願出でたるは失禮の極なれど、しかし何ぞの御意見も伺はず、いきなり罷越もあまりに淺はかと思はれ、かつは千代子君とは永き交はりもありし事とて、一先づ此擧に出でたるなれば、御寛恕をたまはれ。
所感 書中にも言葉を重ねて詫びし如く、世の例に稀なる手順なれば何となく心おそるゝ様なりしも、さりとて人の手を煩はすの要も認めざれば、思ひきりて書きなしたり。
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雨。
起居身體 午前六時起床、午後十時就褥。身體よし。
行事交際 千代子君かねて今日來るとの言葉ありし故、午前九時前には大方來らるべしと思ひ待ちゐしに、十時過ぎて見えたり。あゝうれしともうれし。共にかたらふ。先づ予は兄上と母上とに君を娶らんを申出しに、何れも快く諾せられし事を報告し、つきては其交渉の局には、予自身が當らんと思ふが、君の父上は之に對して、世に妻を娶るには媒介といふものゝ手を經て、之を談ずるが常なるに予自身此任にあたるをみたまひ、予を突飛なる狂者とはみたまはざらんか如何、これをきかまほし。若しかくの如き事あらんには甚しき後の憂を招くやも知るべからず。之が爲に談その局を全うせざるに於ては、實にゆゝしき大事なりと尋ねしに、君答ふらく、父の意は果して如何か判じ難しと。さはいへ、さすがにかゝる疑は深く起されざらんとの考に見えたり。又いつぞの話なる暑中休暇中、さく子君を誘ひて温泉場に行きて静養しては如何と言ひしに、身體上と家事の手傳と及び自用品裁縫の業を話しければ、長き日數は之に當てかね、大方ゆかるまじと。此間に晝食を饗し、午後一時迄いと睦じく語らひて、君は渡辺さく子君を訪ふべくこゝを辭せらる。午後二時、またさく子君、まつ子君と來訪ありたれば、予はさく子君にも温泉場静養を勸む。千代子君他二人も三時辭し去らる。今日の千代子君の機嫌いとゝゝうるはしく、予はこよなきうれしさを覺えき。
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