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長男よりメキシコからの手紙 昭和6年3月15日附

05206315_2  前略

父上、母上、永らく御無沙汰致し誠に申訳ありませんでした。平に御許し下さい。皆様一同御丈夫の事と思ひます。丈穂も丈夫で大いに活動して居ります。一日も患はずに。一先づ御安心下さい。

扨て、久しぶりの書面ですから、様々の事を書きつらね度いのは山々ですが、此の手紙は至急を要するのと、忙しい盛りなれば、短く切り上げます。

一、金田兄、此の三月一日正午十五分、尿毒症の為、患ふ事四日間にして、永遠の眠りに就かれました。遺言一言としてなし。尿毒が頭に昇じし為、何一つとして解らず、只昏睡状態でしたから。何とも御気毒に耐へざる次第でした。

二、大東企業株式会社(佐田貿易商会改名)支配人、堀田兄(以前の手紙に一寸御知らせ致した御方)事、去る二月十九日マンサンニヨ港発、墨洋丸にて横浜へと御出発。兄の帰国に付いては、一つには父上が亡くなられたのと、二つには当会社の貿易取引先、其の他に関してであります。着港の上は第一に東京へ参る由、其の節は我が家に御寄り下さるとの事、何分御便宜を御計り願ひます。兄は喰物に好き嫌ひの無い御方と察します。

三、丈穂事、堀田兄御出発、続いて金田兄に去られし為、殆どの仕事を引受け、一日として暇の無い身体となりました。堀田兄と一緒に御入社なされた香川兄は、此れ1月辞職なされし故、今は小生(本店持ち)と、関田氏(プエブラ支店)、羽田氏(去る十一月メキシコ着、三条中学出、三条者、年二十三、四、レオン支店)、花田氏(去る十二月メキシコ着、高等小学出の由、佐渡者、年三十三、四、本店の手伝ひ)、是等の言葉の解らぬ者許りなれば、骨の折れる事一方ならずです。小生、金田兄の葬式を済ませし三月三日の夜、レオン市(首府より汽車で約十二時間の北方にある可成の市です。)に支店を設ける為、羽田氏同伴にて(彼一人では言葉が出来ぬ故)首府を発ち、今日で、開店以後七日になりましたので、稍、落着く事が出来ました。が、羽田氏が品物の値も解らぬ為、此の廿日頃迄居り、続いて集金に地方廻りをし、四月の二日頃帰首府の予定です。其の後、隙間を見て、緩くり御手紙を差上げます。丈穂の身体壮健故、決して御心配なく、注意に注意して居りますから。

以上取急ぎ、御報知やら、御願ひ迄。

皆様一同御身体を大切に。 ではさようなら。

昭和六年三月十五日午前十一時発(日曜日也)   レオン市にて      丈穂

父上様

母上様

(追述)光果殿、登殿、咲良様、美土里様、親戚一同、並びに田中様にも宜しく御伝へ願ひます。

小生への手紙の住所は Sr.Ricardo Valian  Apartado Postal *2400 Mexico.D.F. にして下さい。

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