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明治三十九年(1906年)一月三日 水曜

明治三十九年(1906)一月三日 水曜

雪。風は前日に比すればやゝやはらぎたれどなほ雨戸をゆすり雪をとばす事頗るしげし。

起居身體 起床午前九時、數日來の疲勞あり、睡眠不足ありたれば起床をおそくす。

行事交際 朝食を喫して与板に行き、兄上より送金せられし金拾圓を郵便局にて受取り、八百屋木村さんに至りて年禮をつとめ、二三の買物をなし、尚佐々木家は愈東京移住に決したるを告げて歸宅す。

本日長岡の僧の林某の數日前より脇川新田に説教の爲來られしものを請じて泊さす。夜説教あり。予は惣代清水儀三郎氏方に行き、代人、山崎氏及び同家に來合せゐられし惣代森善三郎氏代人同乙五郎氏に對し、佐々木家が村内開田事業に加盟せず、あくまで舊の畑地にすゑおくについては、耕地を如何に處置すべきか、一括して一所にとりまとむるか、若しくは村内にて耕地全部をひかへ作り呉るゝか、又は全部かひ受け呉れざれば、開田上、畑地を混じおきては甚しく相方〔開田者、非開田者〕不便多からん故、前提議の三者中の一に是非共開田成功前に決せられたきを請求し、かつ是迄開田事業に關し、佐々木家が之に贊せざるより種々なる故障、異議らしき事を佐々木家及び同小作人に對していひかけたる事を詰る。之によって惣代二氏は明朝午前より村協議を開き、提議の件を決定する旨答へたれば、予も出席するを約して午後十二時辭しかへり、此談合の逐一を姉上に傳へ、かつは東京轉住問題につき種々協議をなし、翌日午前二時といふにふしどに入る。姉上は本日午後實家よりかへられたるなり。

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